*[風俗] さびしすぎて熟女ピンサロに行きましたレポ

先日、ジャズ喫茶「パーラメント」で呑んでいると、マスターが客との会話の途中、盛り上がったのか、側で大人しそうにしている僕のほうに話をフッてきた。「中田さん。風俗いったことはあるんですか。」

 僕はしがない京都の貧乏大学生である。そして友達も少ない。友達が少ないから交際費も少ない。よって、金が余ってしょうがないのである。僕は自炊の節約と、バイト代で貯めたお金を握りしめては、週に一度、京都の木屋町に呑みに出かけるのであった。無論、友達なんていないから1人である。特にそれほど楽しくお喋りが出来る教養もない癖に、居酒屋の常連たちへ温もりを求めていたのは、1人暮らしが寂しかったのか、それともただ、この夜の空間に所属するという、大人な空気に憧れていた気持ちもあったのかもしれない。しかし、1人での呑みは確実に僕の不登校気味な大学生活のモチベーションを、かろうじて支えるセーフティネットとなっていた。

 マスターは続けて言う「中田さんって大学生でしょ。大学生は風俗には行くイメージがあるなあ。」僕は答える「友達がよく行くって言ってましたね。僕はまだないけど。」咄嗟に嘘をついた。少し沈黙が訪れた。「いったい何でいきなり風俗なんです?」僕はわざちらしく愛想笑いを浮かべながら、重ねて質問した。マスターは見抜いているかもしれない。彼はまだ40歳の癖に、まだ20代後半に見える若々しさだが、底の知れない老練なところがあった。「ここの下に、おばあちゃんが椅子を出して座っているでしょ。」「はあ。」「あそこはピンサロに続く階段なんだけど、そこにいる女の子のテクが凄かったんですよ。お客さんと話してましてね。」「なるほど。」僕がそれほど上手く反応出来ていないのをみると、客のほうが話題を切り替えて、マスターもそちらのほうに流れてしまった。風俗。考えたこともなかった。そして案外良い手段なのかもしれない。僕は女の裸体など、20年間生きてきて、幼少期に母親のものを拝んだきり、ついぞ知らぬが、急にポッと僕の生活に飛び出してきたこの単語は、何かとても素晴らしいもののように思われた。

 京都。素晴らしい文化都市である。僕はこの街で学生生活を過ごせることを誇りに思うし、四条鴨川から河川敷に並ぶ夜店の灯りを一望すると、第一志望の大学があった東京という大都会に対し、幾分かコンプレックスが紛れるのだった。木屋町は雨だった。傘を差して歩くには、人ごみのある四条大橋は狭すぎるのか、渡り切るには少々時間がかかる。通り過ぎる顔触れには、北欧系の顔立ち、中国人の家族連れ、大学生の男女などがいて、皆が皆手にカメラを持っていた。橋の中央に差し掛かるところでは、笠を被った法師が、小銭入れの皿を床に置いて、じっと念仏を唱えていた。

 木屋町は、京都の繁華街ではあるが、川の向こうの祇園とは趣が違う。祇園は、京都風の、如何にも高級そうな水商売のお店が並んでいるが、木屋町はもっとごみごみとしており、庶民的である。時には、道端に落ちた吐しゃ物など、あまり京都らしくない風景も見受けられる。僕は先程の「パーラメント」の前を通り過ぎる。入口の側に、もうひとつ入口があり、そこに老婆が椅子を出して呼び込みをしていた。心臓が高鳴る。僕はしばらく迂回して、もう一度戻ってきた。意を決して、老婆の前に行くと、「おや」と、老婆はこの商売を長年やってきた上での愛想の良さだろうか、とても優しそうな笑みを浮かべて、僕に目を向けた。「コースはどうするの」とりあえず一番安いやつがいい。僕は30分5000円のコースを選んだ。老婆はついてこいという仕草をすると、薄暗い階段を上り、僕もついていった。

 ピンサロの中は薄暗い。老婆の顔が判別つかなくなった。僕は、机とソファが置かれた幾つものスペースがある中の、ひとつに通されると、そこで待つように言われた。動悸が速まる。考えてみると、「パーラメント」での酔いに任せて、その場の勢いで行くことを決めてしまったのだ。店内には激しい曲調の、BGMが流れている。どこかこの暗さに僕は、小学校の頃の学芸会で、出番が出るまで潜んでいた、舞台裏の楽屋を思い出した。思えば僕は暗いところが昔から好きである。劣等感の原因である自分の顔が、相手から全く見えない、ということもあるが、暗闇では全てが平等だからである。だから安心感を覚えたのかもしれない。そうなれば、店内の薄暗さは、客にリラックス効果を与えることを狙っているのかも、と僕は1人考えを巡らせていた。

 「こんばんは~」女が来た。僕は目を見張った。女は齢が40の後半はとうに超えたであろうか、水分が枯れた干物のようであった。普通なら、ここで焦るのかもしれない。しかし、僕ははじめての女体の前に、齢など関係なかった。すっかりあがってしまっていた。「こ、こんにちは」「京都は寒いですね~。天気予報だと明日も雨らしいですよ。」緊張を解かすためなのか、女はしばらく世間話を続けた。また動悸が高鳴る。声がかすれる。「手を繋いでもいいですか」しぼるように言うと、女はそっと手を絡ませてきた。しわしわであったが、不思議と安心感があった。「抱き締めてもいいですか」と、次に僕は言った。女の身体が僕に絡まる。僕も絡ませた。恐らく、他人から見ると、僕はとても醜いはずだ。不格好な男が、20以上も年上の、それも老婆と等しき女に、無我夢中ですがりついているのである。僕は、四条大橋ですれ違った大学生の男女を、自然と思い出した。あの二人はまさにキラキラしていて、綺麗だった。あの2人と僕が、同じ世界で生きているということが、どうしてか不思議でたまらなく感じた。男のほうの、パーマがかかった茶色い髪は、恐らく僕とは無縁のものだ。女のベレー帽を被ったファッションも、恐らく僕とは無縁のものだ、恐らく僕は彼ら「主人公」と比べて、お話にさえならないだろう。女の胸は、妙に安心感があった。瞬く間に30分が過ぎると、女は店の外まで送ってきてくれた。最後に「ありがとう」と僕は言って、もう一度抱き締めると、手を振って別れた。女も手を振っていた。

 家に帰ってから下着を脱ぐと、パンツが濡れていた。とても汚いと思ったので、洗濯機の籠に放り込むと、今度は洗面台の鏡をよく見た。そこにも汚いものが写っていた。この顔が女と抱き締め合い、キスをして、手を繋いでいいですかと、いそいそと動いたのだ。化け物だな。と僕は思った。京都は雨であった。外にはざあざあという音が立ち込めており、部屋の中もどこか湿気の目立つ匂いがした。明日も京都は雨だそうである。